1. 絶好の「お祝い日和」に、特注の足取りで参上!
「おっす!みんな元気かや!?」
1973年生まれ、人生の後半戦をB面でプレイ中のmanmaruだに。
今日は、目に入れても痛くない(実際入れたら角膜剥離だけど)姪っ子の結婚式に行ってきました。 私の足は、神様が「お前は急ぎすぎるから、ゆっくり景色を楽しみなさい」とくれた特注の低速ギア仕様(歩行ハンデ)なんだが、今日はこの愛車(自分の足)を念入りにメンテナンスして、ビシッとスーツで決めてきたわけだ。
いやぁ、結婚式ってのはいいね。空気が全部「幸福」という成分でできている。 50代を過ぎると、自分の結婚式の記憶なんてファミコンのバックアップ電池が切れた後のセーブデータみたいに霧の中だけど、親戚のおじさんとして、今日は最高にめでたい一日を過ごしてきたぞ!
2. 「ゴンドラ」がない!?令和の結婚式にカルチャーショック
会場に着いて、まずおじさんは驚いた。 私の時代の結婚式といえば、新郎新婦が天井からゴンドラで降りてきたり、ドライアイスの煙の中からスモーク焚きすぎて「ザ・グレート・ムタ」の入場シーンみたいになったりするのが定番だったじゃん?
ところが、令和の式は実におしゃれで洗練されている。 無駄な虚飾を削ぎ落とした「引き算の美学」ってやつだね。 まるで、昔のバカでかいラジカセから、スタイリッシュなサブスクのプレイリストに変わった時のような衝撃だ。
「派手な演出はない。でも、そこには『言葉』と『想い』がぎっしり詰まっていた。」
姪っ子の選んだ演出は、昔ながらの「家族への感謝」という芯の部分をしっかり残しつつ、映像や音楽には若い子の瑞々しい感性が光っていた。 私の時代なら、迷わず『瀬戸の花嫁』か長渕剛の『乾杯』が流れる場面で、聴いたこともないけど最高に心地いいアーティストの曲が流れるわけ。 「へぇ〜、今はこんな風に愛を伝えるんだなぁ」って、おじさん感心しきりだに。

3. 涙腺は「経年劣化」という名の「感度アップ」
で、肝心の私といえば、もう開始5分で涙腺が「ファイナルファンタジー」のエンディング並みに大崩壊。
バージンロードを歩く姪っ子の姿を見た瞬間、あんなに小さかった子が……と、頭の中のフィルムが高速回転(死語だに)し始めて止まらない。 足が少し不自由なおかげで、私は普段から「踏ん張る」ということに慣れているはずなんだが、心の涙腺の踏ん張りは全くきかなかったね。
隣にいた親戚に「manmaruさん、泣きすぎですよ」って笑われたけど、いいんだ。 おじさんの涙は、人生の酸いも甘いも噛み分けてきた「熟成された出汁」みたいなもんだから。

昔の結婚式の「型」が決まった安心感も良かったけど、今の若い子たちが自分たちの言葉で紡ぐ、等身大の結婚式。 「昭和の頑固な土台」に「令和の自由な風」が吹いている感じ。 これこそ、今の時代に必要なアップデートなんじゃないかって、鼻水をすすりながら達観してしまったよ。
4. 今日を生き抜く「救われる」一言
そんなわけで、泣きすぎて脱水症状気味のおじさんから、同じように「最近の若いもんは……」なんて戸惑っている同世代や、日々悩めるみんなへ。
「変わっていく形式(スタイル)を楽しみ、変わらない真心(ハート)に泣けばいい。」
時代が変われば、やり方もマナーも少しずつ変わる。 でも、「誰かを大切にしたい」という温度は、昭和も令和も、それこそモトクロスのスタート直後のエンジンみたいに熱いままなんだ。 新しいものを受け入れるのは勇気がいるけど、そこに飛び込んでみると、意外と心地いい感動が待っているもんだに。
さあ、明日からもゆっくり、自分のペースで歩いていこう。 姪っ子の幸せを追い風にしてね。


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