【壁際家庭菜園】去年のゴーヤの種から芽は出るか!?ハサミと水と「こぼれ種の奇跡」に全てを賭ける、じたばた発芽大作戦!

じたばた日記
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どーも!manmaruです!

皆さん、こんにちは!manmaru(まんまる)です。 本日もわが「manmaruの日常」( https://manmaru1128.com/ )にお越しいただき、ありがとうございます!

いやぁ、季節はすっかり初夏ですね。 汗ばむ陽気が増えてくると、なんだか心がソワソワしてくるのは私だけでしょうか。

昭和48年生まれ、今年で53歳になる私ですが、この年齢になると「何かを育てる」という行為に、妙なロマンを感じてしまうわけであります。まるで、かつてファミコンの『ベストプレープロ野球』で、じっくり若手を育成してチームを日本一に導いたあの頃のような、静かな情熱が胸の奥でメラメラと燃え上がるのです。

これまでもブログで色々な旅の記録や日常の「じたばた」を綴ってきましたが、今回は自宅のほんのわずかなスペースで繰り広げる、「壁際家庭菜園」の新たなる挑戦をお届けします!

すべては「無料の苗」から始まった

時計の針を少しだけ巻き戻してみましょう。

そもそも、私が家庭菜園なんていうオシャレで丁寧な暮らしに片足を突っ込んだのは、去年のこと。 きっかけは、近所の公園を散歩していたときに、偶然見つけた「ゴーヤの苗、無料配布!」の看板でした。

「タダ。なんと甘美な響きだろう……」

「無料」という言葉にめっぽう弱い私は、吸い寄せられるようにその苗をいただき、自宅の壁際にそっと植えてみたのです。

歩行に少しばかり「神様からの特注品(絶妙なハンデ)」をいただいている私ですから、庭を豪快に耕すような本格的な農業はできません。でも、壁際のわずかなスペースなら、マイペースにしゃがんで、のんびりスローライフの延長線上で楽しめます。

そしたら、奥さん聞いてくださいよ。 まさかの、大・成・功!

ビギナーズラックとはまさにこのこと。緑のカーテンは見事に広がり、苦くて愛おしいゴーヤがゴロゴロと収穫できたのです。妻と二人で「おぉ、今日も収穫できたに!」と大喜び。ゴーヤチャンプルーに、ゴーヤの天ぷら、ゴーヤのおひたし……。一時は我が家の食卓が「緑一色(リューイーソー)」の役満状態になるほどでした。

あの成功体験が、私の中に眠っていた「園芸の神様」を呼び覚まされたのです。

グリーンカーテンの裏に隠れた「居残り組」と、謎の自主性

さて、ここからが今回の本題です。

実は、去年の秋に収穫が終わって片付けをしていた時のこと。生い茂ったグリーンカーテンの葉っぱの裏側に、完全に隠れて見落とされていた「居残り組」のゴーヤがポツンと残っていたのです。

見つけた時には、すっかり熟してオレンジ色になり、パカッと割れて中の赤いヒラヒラが顔を出している状態。まるで、クラスの解散後に教室の隅っこで忘れ去られていた、昭和のやんちゃ坊主のようでした。

「おやまぁ、こんなところに隠れとったんかや」

わざと種を採取しようと狙っていたわけではなく、私のうっかりが生んだ奇跡の遭遇。でも、その姿を見た瞬間、私の脳内に「来年もこの命を繋げ!」という天からの指令が響いたのです。そのゴーヤから大切に採取したのが、今回の主役となる種たちであります。

「今年もあの感動をもう一度!しかも今度は、苗じゃなくて『隠れ子ゴーヤの種』から育てる男、manmaruだに!」

と、鼻息荒くスタートを切ったわけですが……ここで一つ、面白い現象が起きるのがこの「壁際菜園」の不思議なところ。

毎年同じ場所でプランターをひっくり返したり土をいじったりしているせいでしょうか。 「おいおい、そこには植えとらんぞ!?」という、全く予想だにしない土の隙間から、去年こぼれた種が自力で勝手に芽を出してくることがあるのです。

人間が手をかけなくても、自然の力で「私はここで生きていく!」と主張するゴーヤのタフさ。 これには本当に驚かされますし、何だか「お前も頑張れよ」と励まされているような気分になります。

でも!自主性にばかり頼っているわけにはいきません。私も男です。自分の手で打席に立って、バットを振らねば気が済まないのです。

調べてみると、ゴーヤの種というのは、まるで昭和の頑固親父のハートくらい「殻」が固いらしい。ただ土に埋めただけでは、へこたれて芽を出さないことも多いのだとか。

そこで私は、ネットの海を回遊し、プロたちの知恵をかき集めました。 名付けて、「じたばた発芽大作戦」。その全工程をここに公開します!

① 種のとんがったほうをハサミで切る

まずはこれです。ゴーヤの種をよく見ると、少しとんがっている部分があります。 ここを爪切りやハサミで「パチン」と少しだけ切り落とし、水分が中に染み込みやすくしてあげるのです。

これがまた、手先が不器用な私にとっては、まるで爆弾の導線を切るような緊張感! 切りすぎたら中の命を傷つけてしまう。切らなすぎたら殻が破れない。 「頼む、生きてくれよ……」と祈るような気持ちで、10個の種をパチン、パチンとやっていきました。

② 水に浸す

無事に散髪を終えた種たちを、水を含ませた容器に浸します。 ここで数日間、しっかりと水分を吸わせて、眠っている芽を起こしてあげるわけです。

水に浮かぶ10個の種を見つめていると、なんだか昔の特撮ヒーローの「カプセル怪獣」を待っているような、不思議なワクワク感が込み上げてきます。

③ 3〜4日後に種埋め(運命の瞬間)

しっかり水を吸って、「そろそろいけますぜ、旦那」と言わんばかりの種たちを、いよいよ土へと還す時が来ました。

土に小さな穴を掘り、種をそっと横向きに寝かせます。 「発芽することを祈って」 1つずつ、丁寧に、丁寧に土をかぶせていきました。その数、ぴったり10個

種植えには、膝をついて作業するのですぐに痛くなりますがこれがあれば無敵

期待と不安の狭間で、じたばたするアラフィフ

さあ、やるべきことはすべてやりました。 あとは、自然の生命力と、私の「祈り」のパワー次第です。

毎朝、足を引きずりながら壁際へ向かい、「まだかや?」「今日もまだ出てないか……」と土をのぞき込む日々。 一方で、植えていないはずの場所から「よっ」と顔を出すかもしれないこぼれ種への期待もあり、私の視線は壁際を右へ左へと大忙しです。

この「待っている時間」の、なんとも言えないもどかしさ!

まるで、子供の頃に少年ジャンプの全員サービスに応募して、郵便ポストを毎日そわそわしながら覗いていたあの感覚。あるいは、意中の女の子に固定電話から勇気を出して電話をかけ、お父さんが出ないかドキドキしていたあの甘酸っぱい不安感にそっくりです。

もし自分で植えた10個が1つも芽が出ず、こぼれ種だけが元気に育ったら……それはそれで私の立つ瀬がありません(笑)。 どうか、10個のうち半分……いや、3つだけでもいいから、私の手で植えた子たちの元気な顔を見せておくれん!

今後の経過は、またこのブログで「じたばた報告」させていただきますね。

今日の「救われる」一言

「狙い通りにいかなくても、思わぬところから芽が出るのが人生だに。」

完璧に準備した計画が空振りしても、グリーンカーテンの裏の隠れんぼから始まった種や、勝手にたくましく生えてくる「こぼれ種」のように、人生どこでどう転がるかは分かりません。 結果がどうなるかは分からなくても、「どうなるかな?」とドキドキしながら手を合わせる時間そのものが、実は最高のスパイス。 空振りを恐れて打席に立たないよりも、じたばたしながらバットを振るほうが、絶対に毎日は面白い! 皆さんも、何か小さな「じたばた」、始めてみませんか?

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