皆さん、まいど!お馴染みmanmaruの日々へようこそ。
いやぁ、人生山あり谷あり、高度な技術を要する機械保全の現場にも予期せぬトラブルあり……そして我が家の作業スペースには、いつも「どこのか分からない余ったネジ」がポツンと転がっておりますな。
前回、我が愛車であるワインレッドのジョグポシェをバラバラに解体し、ガレージをホワイトアウトさせるほどの「白煙祭り」を開催してしまったのは記憶に新しいところ。……いや、あれはもう、来るべき「西遊記」の旅を無事に終えるための「神聖な厄払い」だったと、私の脳内では強引に解釈することにしました。

さて、私の相棒ですが、そもそもこいつ、いじりすぎると市販車としての絶妙なバランスが崩れて壊れるというリスクがあるんです。それに加えて、このマシン、「最初から分解整備なんて想定してないんじゃないの?」と疑いたくなるほど、設計者の無言の圧を感じるんです。ネジを一本回すたびに「素人は触るなよ」という、80年代の無骨な設計思想がヒシヒシと伝わってきて、まるで私がかつて挑んだ機械保全特級の試験で、複雑怪奇な計算式と睨めっこしていた時のあの徒労感を思い出します。
それでも一度バラした以上、答えを見つけるまでは引けない。男という生き物は、どうしてこう時間ができると、ガレージの隅っこでじっとしていられないんでしょうかね。
煙の出ないエンジン、それは希望か、それとも嵐の前の静けさか
「もー、意地でも直してやる!」
決意を胸に、いざ試走へ。私の足は神様がくれた特注品。万が一のトラブルで立ち往生なんてしたら、歩いて帰るのは物理的に無理な話です。だからこそ、今回は「本当に歩いて帰れる近所」からスタートです。最初は家の周りをぐるぐると回り、調子を見ては少しずつ距離を伸ばしていく。この慎重さが、52歳の大人のたしなみというもんです。
免許証と、万が一の「徒歩」を考慮しない(というか不可能な)覚悟、そして最低限の工具を抱えて、エンジン音を聞くためにあえて半ヘルを被り、出発!

キック一発。「……あれ?」
いつもの白煙が少ない。エンジンもすぐにかかる。プラグを外して確認すると、相変わらず真っ黒。これは「オイルが溜まっている」のか、「燃焼バランスが整った」のか……。
ここで一つ、メンテナンスの教訓。「プラグの焼け色」と「エンジンの鼓動」は、人間の健康診断における血液検査と同じだ。数値(焼け)が悪いなら、どこかに必ず「不健康」が潜んでいる。
整備の限界に挑む、俺の相棒たち
近所を回り、徐々に距離を伸ばしていく。10kmほど走った結果、プラグ・音・振動……すべて「問題なし」。しかし、エンジン内部の「何か」がまだ納得いっていない様子。そんな時、私のガレージの頼れる相棒たちが、いつも通り背中を押してくれます。
整備中に「固くて回らない…」と絶望したことはありませんか?そんな時、設計者が「素人には無理」と隠したボルトを強引に解き放つのが、このKTCのスピンナハンドルです。これ一本あるだけで、整備の質がプロの領域に近づく気がするんだに。
そして、もう一つの相棒がKUREの5-56。硬直した部品にスプレーするだけで、昭和の頑固親父が少しだけ笑顔になるような……そんな癒やしの効果があるんです。固着したネジの救助隊として、これほど心強い存在はありません。
慎重を期した試走で見えた、迫る雨雲と現実
「治った~!?」
思わずヘルメットの中で叫びました。昭和の刑事ドラマのラストシーンみたいに、夕日に向かって走り出したい気分です。……が、世の中そんなに甘くない。ふと空を見上げれば、バケツをひっくり返したような暗雲が。さらにスマホを確認すると、無慈悲な数字「バッテリー残量:10%」。

「待て待て、ここで止まったら俺、ただの不審な中年になっちゃうぞ!」
今の私の足ではタクシーを呼ぶにも携帯の充電が切れる。かつて、フィルムカメラのシャッターチャンスで「残り枚数あと1枚」と表示された時の、あの冷や汗にも似た極限状態。結局、「今日はこれくらいにしておいてやるか」と、強がって雨雲から逃げるように帰宅しました。
今日を生きる「救われる」一言
「完璧じゃなくていい。まずは『動く』という事実に、乾杯しよう。」
完璧なメンテナンスなんて、プロでも難しい。分解を想定していない設計に苦しむのも、また一興。愛車と向き合って、エンジン音を聞くために半ヘルを被り、走ったあの時間は、間違いなく私だけの「聖なる時間」でした。皆さんの今日という日も、少しのトラブルさえ笑い飛ばせば、きっと良い旅になるはずです。

整備の手を止め、ふと空を見上げる瞬間、あなたにとって「最高の贅沢」とは何ですか?


コメント